2006年12月10日

ヘンデルのメサイア

 昨日は、浜離宮朝日ホールに、ヘンデルの「メサイア」を聴きに出かけた。
合唱団の中に、叔父が助っ人として参加しているのだ。

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← 開演中は写真が撮れないので、誰もいないガラーンとしたステージですが・・・。
近代的な中にも、木の柔らかさを活かした、素敵なホールだった。

 なお、開演前、チェンバロ(←本場イタリア製とのこと)の調律に一人の方が付きっ切りになっておられた。
チェンバロを使った「メサイア」を初めて聴く私は、その段階でボルテージが上がる。

 ところで、ここで恥を申すようだが、
先日の中華なオフで ある方から「お嬢様」と呼ばれてしまって、些かショックを受けた。
その方の思っている「お嬢様」という概念と、私の持つそれとが重なるのかどうかは分からないが、
ともあれ、「女子校出身」だったので「お嬢様」なのらしい。(そうかー??)

 ここで更に「お嬢様」っぷりを書くようでなんだが(-_-;)、
その女子校はミッションスクールだから、クリスマスになると父兄を招いて「クリスマス・キャロル」を聴かせていたのだ。
高三がメインで、「メサイア」の中からも、4番、12番、そして当然のように44番(ハレルヤコーラス)を歌う。

 高三になると同時に、(大学は他校を選んだ)受験生だろうがお構いなく、昼休みと、放課後に最低1時間は「メサイア」の全体練習を行なっていた。
そのため、いまだにこの三曲は平静には聴けない。
独特の、細かく腹式呼吸で区切った聞かせどころを、次々に他のパートに受け渡していくところなど、
皆で「鶯の谷渡り式」と呼んで恐れていた
音楽の先生に、「友だちと、お互いにお腹に手をあてあいながら、そこのパートを練習しなさい」と言われたものだ。
ああ、あの頃は締まった腹筋だったのに・・・、などと、バカな回想に耽る。

 
 2時開演のプログラムは、素晴らしかった。

 聴きなれぬチェンバロの響きも、柔らかで美しく、まるでバロックのような豊穣さを感じさせてくれる。
祝祭的な気分だ。

 弦と菅のバランスも絶妙。
ホールの音響効果が素晴らしく、どこかが突出することもなく、ふんわりと全身を包んでくれるようだ。

 そこに”人の声”という最上の楽器が加わることで、音の厚みが更に増す。
音楽の調べという大河の中に、自分の身をゆだねているような気持ちになった。

 なお、私は女声三部の中のアルトだったので、どうしても低音部が気になる(^^;)。
ソロで歌った方の中でも、やはりメゾ・ソプラノと、バリトンの方の声に魅了されてしまった。

 47番、48番で歌詞の中に「Trumpet」が登場するのに呼応して吹かれるトランペットの響きには、
会場全員がはっと息を呑むのが伝わってきた。
此の世のものとは思えない、妙なる調べ。
満を持しての登場だけのことはある、と、感動してしまった・・・。

 「メサイア」初体験のオットー大帝も、とても楽しく、興味深かったとのこと。
確かに、第一部の途中で少しコックリした時もあったけど、
第二部からは 集中している気配が隣からびんびん伝わってきたもんなぁ(^^;)。

 なお、叔父のパートはバスなので、見事に私の「低音贔屓」に適っていたのでした

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2006年8月 7日

エミール・ガレとドーム兄弟展

 東急Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の、
「エルミタージュ美術館秘蔵 エミール・ガレとドーム兄弟 フランスからロシア皇帝への贈り物」展を観に行った。

 いつも遊んでくださるメンバーとご一緒。
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← 緑色で深海をイメージしたガレの花器(?)を観て、
それぞれ連想することが違うのが笑える。
 
 ガレの作品は、やはり蜻蛉や草花をモチーフにしたものが多く、
なかでも工房総出で作ったとおぼしき、蜻蛉をあしらったテーブルに愕然。

寄木細工で作られた天板を支えているのは、ニヤリと笑みを浮かべているように見える蜻蛉なのだ!

しかも、長い尾を使って直立!!


 猫足式家具、というのはよく見かけるが、蜻蛉足式家具は初めて見たよ。

 なお、ドーム兄弟の作品も、小品ながらしみじみと見入ってしまうものが多かった。
勿論、大きな作品も素晴らしいのだけれど、小市民の悲しさで、
「こんなものをもし貰っても、どこに置いたら良いのやら」と困惑が先に立つのだ。

 その点、掌にすっぽり包み込めるくらいの香水壜や、細密な風景画が浮き彫りにされた小瓶は
「これなら、貰ってもいいかも・・・」 (←誰がくれるというのだろう)
と、妄想をかきたてられて、いい具合なのだ。

 本好きな人たちの集まりなので、ガラス器に惚れ惚れしつつも、
巨大なスケッチ集(一抱えもある革装の巨大な本である)にも、目が釘付けになる。

 そのスケッチ集に収められているサンプルが、壁に模写で展示されていたが、説明がなかったのが残念だ。
無邪気に遊ぶ少年の絵の横に、唐突におじいさんの横顔があったり、同じくおばあさんの横顔があったり、
かと思うと、
何故か 藁束を振り上げた”茨木の監禁おじさん”(爆)みたいな顔の人が描いてあったりする。

 絶対に、なんらかの意味があったはずだと思うのに、それが判らないのだ。
ああ、もどかしいったら。

 堪能した後、沖縄料理店でまったりとご飯を頂き、本屋を逍遥したり、お茶をしたり。
楽しいはずの集まりなのに、皆で笑いながら、暗くて怖い話ばかりをしていたような気がする。
(暗くて怖い話を、笑いながらしている・・・というあたりが鬼畜である。)

 観劇マナーの悪い香具師、炎上ブログ、亀田父が朝番組でやくみつると対決(ガッツ石松は、日頃のキャラをかなぐり捨てて、しっかりと常識人だったらしい)、無理して乗った観覧車での出来事、ネットオークションの落札を依頼され続けて・・・、虐待を見過ごす人々、小説の中に男二人が登場すればそれだけですぐBL(ボーイズ・ラブ)に変換する人々、などなど。
  暗い話なのに、なぜか可笑しかった(^^;)。

  ガレとドーム兄弟の作品を観ている間だけは、お互いに「マダム」と呼び合っていたのに、
ミュージアムの外に出た瞬間から、こんな話に興じる私たちってなんなのでございましょうかしら。ヲホホ。

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2005年8月 3日

布が好き

 ふと気がつくと、自分は手先が不器用で滅多に手芸をしないわりには、布が好きだなー、と思う。

 沖縄の紅型が好きなので、日本民藝館に行ったのはつい先日。
その時に、一緒に展示されていた琉球絣にも魅せられ、売店で澤地久枝さんの『琉球布紀行』(新潮文庫)を買い、豊富な写真と、織りの丁寧な説明にうっとりしているのだ。

 aoi0145今、自分のケータイを入れるのに使っているのは、こういうアジア布の小袋。
これを売っていたお店の人が、とっても布が好きなおじさんで、凄く詳しく説明してくれたのが印象に残っている。
外側の緑の部分はざくっとした麻のような糸で織られたもの。
その内側の藍染地の上に、ぐるぐる模様のパッチワークがしてあるのは、モン族の手仕事だそうだ。

 モン族というのは、その店長さんの説明によると、ビルマやベトナム、タイの山奥に住む少数民族で、女性達が伝統的にこうした布を織り、模様を施し、民族衣装に仕立てるらしい。
ところが、今や彼らの村落にも麗しきアメリカ系文明が進出し、彼らの日常着はTシャツになりつつある・・・という哀しいお話だった。
そして、モン族の布はバイヤーに買い叩かれ、それが海を渡るとたちまちお値段が数十倍、数百倍に跳ね上がる、ということも聞いた。

 その店長さんは、そういう風潮が嫌いなので、あえて自分で買い付けに行き、日本に帰ってきてから知人に頼んでこうした製品に加工してもらい、原価すれすれで売っている・・・という話まで聞かされたら、買わないわけにいかないよね(^^;)。確かに、凄く安かったし。

 前述の『琉球布紀行』を読むうちに、ふとそのモン族の話を思い出し、
「本当か? 私が騙されたのではないのか??」
と、ついぐぐってしまいました。(ごめんなさい、店長さん。)

イメージ検索でも、WEB検索でも、沢山ヒットします。特にイメージ検索は、目の保養になります。
ああ、騙されてなかったよ(;_;)>自分。
大切にしよう、この小袋。

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2005年7月28日

日本民藝館に行く

 芸術新潮の先月号で特集が組まれていたので、一度 行ってみたかった日本民藝館

丁度、今会期の特別展が「琉球の美」で、非常に興味がある分野なので、さくさくと出かけた。
aoi0135 これは西館の正面玄関。
(額には、「日本民藝館 西館」と彫られている。)

 最初、正しく本館の玄関から入ったら、あまりにもそこがまったりした空間だったので、西館から入るものなのかと、しばしてんてこ舞いしたのだー。

 暫く、道路に立って様子を伺っていると、やはりお客さんは先ほどのまったりした空間に消えてゆくので、自分もそちらに続く。
 どうまったりしているかというと、いきなり、骨董旅館に来たような雰囲気・・・とでも言えば宜しいのでしょうか。
大きな御影石(?)の靴脱ぎがあって、めいめいがそこで靴を脱ぎ、勝手にスリッパを履いてペタペタと鑑賞するシステムなのだ。
料金(大人1000円)はどこでお支払いすれば・・・と思っていたら、靴を脱いで上がり、ふと振り返ると気がつくようなこじんまりとした場所に館員さんが詰めているのだ。お帳場みたいだよ

aoi0136 民藝の美の認識と普及に努めた、初代館長・柳宗悦。
すみません、小さな写真で見ると、田代まさしのようなおじさんです(^^;)。
私は率直に言って、普通の生活の中の美を言いながら、それに賛同した人びと(たとえばバーナード・リーチや、浜田庄司など)の作品があまりにもお値段が高く、結果として別の権威になってしまったことには今ひとつ釈然としないものがある。
 ただ、この人の鑑識眼はやはり鋭いから、集められている展示物にはどれもほんのりとした品格と、柔らかい温かみが感じられて素晴らしい。

 展示の仕方も、ゆったりとした空間に、贅沢に坐り心地の良い椅子があり、定時になると柱時計の懐かしい音が響くのを聴きながら、心ゆくまで自分の気に入った一品と向き合うことが出来るようになっている。
うーん、嬉しい(^^)。
私は琉球の紅型(びんがた)着物が気に入って、天井の高い二階の一室に30分ほど篭ってしまったよ。

aoi0134 館内は勿論 撮影禁止だが、前庭や中庭に置かれている道祖神や、大きな甕などに、思わずカメラを向けたくなってしまう(^^;)。
お天気が良い日だったので、館内から外を眺めると開放感があって素敵だった。
どこに目を移しても、独特の美意識で貫かれている空間にいる、という感じ。

 収蔵品が多いわりに、展示スペースが少なく、しかもゆったりとした空間を意識しての展示なので、3ヶ月ほどで入れ替えしているそうだ。
次回、また特別展の内容が変わったら、行きたいな。

 ただ、文句をつけるとすれば、スリッパ。
病院の待合室で使うような、ビニールの安っぽいやつだ
どうしても、引きずってしまって、パタパタいうのだ。
難しいとは思うけれど、麻か藁で編んだ、しっかりと足の甲にひっかけられるような履物が用意できないものかしらね。
それで、それを売店でも売ればいいのでは? (実際、売店には草鞋風のサンダルがあるのだ。)
生活の中の美だもの、そういうところからやってみましょうよ。

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2005年5月12日

澁澤家の娘

 『澁澤龍彦初期小説集』(河出文庫)を少しずつ順不同に読んでいる。
読んでいると、福武文庫版で読んだときの思い出や、更には澁澤龍彦のエッセイを一所懸命追いかけていた頃の思い出が甦ってくる。

実は、巻末に収録された「人形塚」という短篇を真っ先に読んでしまったのだが、
タイトルの通り人形がキーワードとなっているこの作品を読んで、急に「澁澤家の娘」のことが気になって仕方なくなった。
shimon aoi985

そう、四谷シモンが作った球体関節人形で、澁澤家に養女に行って、「娘」となった彼女のことだ。
中公文庫の『少女コレクション序説』の表紙を飾っている彼女。

彼女の鮮明なカラー写真があるのか、私は知らない。
澁澤龍彦が亡くなったときの、別冊太陽の追悼特集号で、書斎全景の写真の中にその姿があったような記憶がうっすらあるが、今、その別冊太陽を探してみても見当たらないんである or2。

仕方がないので、四谷シモンさんの別の人形の写真から、「澁澤家の娘」を偲んでみました。
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・・・と、ここまで書いてから、四谷シモン公式サイトの中を巡り巡っていたら、「澁澤家の娘」の小さな写真が!

書斎の中に据えられていた、という私の記憶は正しかったものの、なんと髪の毛は亜麻色に近い茶色だった!!

銀髪、というイメージは、『少女コレクション序説』のモノクロ写真からの印象だったのか。
でも、描き直すのも面倒なので、このままでいいことにする。
・・・それに、何故かは分からないが、私の中の「澁澤家の娘」は、あくまでこの世のものならぬ銀髪か、
顔かたちは少女でも 齢(よわい)を重ねるうちに髪だけが白髪になってしまった不老不死の存在のように思えるのだ。

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2005年4月22日

俣野温子の世界展に行く

 近くのデパートで催されている「俣野温子の世界展」に行ってきた。
なにしろ、期間が4月20日~25日までのごく短期なので、ゆっくり見ようと思ったら週末を外した今日くらいしか、もうチャンスがない。

私は、「ら・むりーず」という生活雑貨を扱う会社の製品が大好き。
俣野さんは、そこの商品の企画・デザインをなさっている。
aoi950← これは、「いじわるうさぎ と しゃまねこ」というテーマで商品が展開されていた頃の、ぬいぐるみ達。
タオルやレターセット、ポストカードなどもガンガン買ったのですが、ぬいぐるみにもハマって、
こうしてウサギ3体、ネコ5体の大所帯になってしまったのだ。

今日、会場に展示された 俣野さんの活動年譜を見ていたら、
「94年 有楽町阪急にて”いじわるうさぎ と しゃまねこ” 展」
という一行が目に飛び込んできた。
そうかー、もうそんなに経つのよね。
道理で、ぬいぐるみも、やや黄ばんできたわけだ(^^;)。

今回の世界展のほうは、文渓堂から刊行された新刊絵本「そうぞうしてごらん」の原画の展示会場と、
俣野温子ワールドな生活雑貨・衣料品・食器・文房具などのお買い物エリアの二本立て。

原画をたっぷり堪能したあと、今度は大好きな小物に囲まれて、頭くらくらになるワタシ。
でっかいトートバッグがないかと探したのだが、私が考えていたような大きさのものはなかったのが残念。
ポストカード7枚と、レターセットを買って、おしまい。
売り場のあちこちには、新しいぬいぐるみ(ネコ、クマ、ウサギ、カエル)がお座りしていて、
「ねー、貴女のおうちに連れて帰ってー♪」
と瞳で訴えかけていたぞ。
色違いやサイズ違いなど種類が多いので、これまた断念。
再びハマるのが怖かったのだ

帰宅してからも、「あー、やっぱり木彫りのネコとティーポットの置物は買っておいてもよかったかも」だの、
「フェイスタオルは、”絶対に使わないこと、洗濯機にかけないこと”という前提で買っておいてもよかった」だの、
後悔しまくり。
会期内にもう一回 行っちゃうかもしれない(爆)。

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本日の似ない似顔絵。
aoi951 日本水泳選手権初日の昨日、いきなり「やってしまいました」の北島康介。
レースが終わった直後から、背後に「ああやっちゃったやっちゃったやっちゃったよう」とぐるぐる渦巻きの変な空気が流れるのが、テレビ画面を通しても見えるようでした(爆)。

 

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2005年2月10日

ミュシャ展に行く

  今日は、オフ会で上野の東京都美術館のミュシャ展に行ってきた。
皆さんミュシャ大好きなので、よーく観たことのあるサラ・ベルナールのポスターや、JOY(煙草のメーカー)の宣伝ポスターなどには驚かないが、
ミュシャのデッサン、パステル画、水彩と白のハイライトで仕上げた素描風の作品の上手さに感嘆しきり。

「やっぱ、ちゃんと絵の描ける人だから、こういう処理(=いわゆる、ミュシャ風の耽美なうねぐりを指す)も決まるんだよー」
などと言っていると、Uさんが
「私さー、子供の頃だけど、ピカソの初期の作品観て、
  『うわっ、この人、こんな人だったんだっ』 って驚いたことあるよー」
と呟いたのが印象的でした。

私と同じ、「漫画研究会にいたことがある」という暗い過去(なのか?)を持つIさんとは、
「ミュシャを模写した話」や、
「このタッチはひさうちみちおだー」
「こっちは清水玲子だー」
「これなんか成田美名子だー」
という話で盛り上がる。
ミュシャがお絵描きソフトを使ってたら凄い、とか、うねぐりをベジエ曲線で描いてたらイヤだ、とか。

   aoi820
今、私がミュシャをほにゃにゃーんと模写すると、こういう按配になりますのう。
やっぱり、うねぐりがうまく描けません。

その後、古書モールでFさんと合流し、イタリアンレストランでお昼。
MさんとUさんのパンがなかなか来なくて、ドキドキしちゃったのは私です。
ミュシャの食玩(これまた海洋堂が手がけている!)の出来栄えの良さに、皆で回覧して感動した。
Uさんが焼いてきてくださったマドレーヌを銘々が頂き、本の交換会がひとしきり終わった後の話題は、
思わぬ人がやっている同人誌、風邪がなかなか治らない、おじいさん達の要求はシビアだ、「Death Note」を同人誌化(つまり、お耽美やおい化)する神経が分からん、マツケンが変にハジけてる、梨園の某御曹司はハメられたのではないか、他人のサイトの掲示板を私物化してはいけません、2ちゃんねるのこんなスレ、バイトしたくても年齢制限があるのよね、新幹線を停めちゃった受験生と母親、企業は誠意のある対応を見せてくれ、迷惑スパムメールあれこれなど。

その後、本屋に河岸を移し、だらだらーんと、皆でこれまた大好物の本を肴に盛り上がった。
お奨め漫画あれこれ、「電車男」を映画化する意味、「今会いに行きます」で泣けるか、などなど。

MさんとG1ちゃん、Iさんが所用でお帰りになった後も、KTさん、Jさん、Fさん、Uさんと今度は茶店に雪崩れ込み、
ジョージ・ハリスンのものだったというアコースティックギターを眺めながら、皆が心の中に隠している「ちゃぶ台返し」について語り合った。
そうかー、皆、似たようなところで引っかかるんだね。
そして、同じようにムカっと来て、心の中でちゃぶ台をひっくり返して暴れているんだね。

帰宅してから、Uさんお手製のマドレーヌを半分いただきました。(残り半分はダンナの分)
美味美味。アーモンドとチョコチップが効いていて、おいしかったですよん。ありがとうございました♪

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2005年1月 9日

王子江さん

aoi763 タイトルとは関係のない、「本日の一枚」。
 二年ぶりにラグビー大学日本一に輝いた早稲田の監督、清宮さん。いやー、この人、テレビカメラに映っていても、喜怒哀楽が全て目に表れてしまうので、こちらがハラハラしてしまうのだー。逆転されたときは、涙目になっていたし、その後、2トライを立て続けに奪ったときには、目がニコニコ。 顔の他のパーツには殆ど変化がないので、余計に目立つのかも。
  これは、形勢有利となった時のお顔ですね。
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  さて、本題。昨夜は、NHK教育テレビで10時~11時半にかけて放送された「ETV特集 日中をつなぐ100メートルの水墨画・中国人画家王子江の挑戦」という番組を観ていた。
  実際には、観始めたのはダンナで、私はパソコンをいじったり、お風呂の準備をしたりバタバタしていたのだが、ふと気が付くと、ダンナが食い入るようにテレビ画面を見つめている。 「・・・?」と思って、私も画面に注目すると、そこにはものすごい光景が繰り広げられていたのだった。下絵、デッサン、一切なしで、巨大な紙にさらさらと流れるような筆遣いで、群集が楽しげに飲み食いする姿を毛筆で描いている人。 それが、この番組の主人公の王子江さんだったのだ。
  もう、あとはただただ、王さんの神業のような画業に見入ってしまってました。
  伝統的な花鳥風月や山水画だけではなく、写実的な人物画、質感・量感まで表現した仏像の絵、更にはイラク戦争を題材にした絵(まるでゲルニカのようだった)まで、とにかくありとあらゆるもの、あらゆる地域の老若男女達が筆の先から生まれてゆく。

  最後に、デッサンもなしに描き始めた、「人生楽時」と題された食事風景の巨大な歓楽図が完成した映像に、ナレーションが「王さんはこの大作を僅か三日で描きあげました」とかぶさって来た時には、もう腰が抜けるかと思ったぞ。
  日本でも個展を開いてくださらないものだろうか。実物大の絵を観たら、きっともっと圧巻だと思うのだ。

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