ヘンデルのメサイア
昨日は、浜離宮朝日ホールに、ヘンデルの「メサイア」を聴きに出かけた。
合唱団の中に、叔父が助っ人として参加しているのだ。

← 開演中は写真が撮れないので、誰もいないガラーンとしたステージですが・・・。
近代的な中にも、木の柔らかさを活かした、素敵なホールだった。
なお、開演前、チェンバロ(←本場イタリア製とのこと)の調律に一人の方が付きっ切りになっておられた。
チェンバロを使った「メサイア」を初めて聴く私は、その段階でボルテージが上がる。
ところで、ここで恥を申すようだが、
先日の中華なオフで ある方から「お嬢様」と呼ばれてしまって、些かショックを受けた。
その方の思っている「お嬢様」という概念と、私の持つそれとが重なるのかどうかは分からないが、
ともあれ、「女子校出身」だったので「お嬢様」なのらしい。(そうかー??)
ここで更に「お嬢様」っぷりを書くようでなんだが(-_-;)、
その女子校はミッションスクールだから、クリスマスになると父兄を招いて「クリスマス・キャロル」を聴かせていたのだ。
高三がメインで、「メサイア」の中からも、4番、12番、そして当然のように44番(ハレルヤコーラス)を歌う。
高三になると同時に、(大学は他校を選んだ)受験生だろうがお構いなく、昼休みと、放課後に最低1時間は「メサイア」の全体練習を行なっていた。
そのため、いまだにこの三曲は平静には聴けない。
独特の、細かく腹式呼吸で区切った聞かせどころを、次々に他のパートに受け渡していくところなど、
皆で「鶯の谷渡り式」と呼んで恐れていた。
音楽の先生に、「友だちと、お互いにお腹に手をあてあいながら、そこのパートを練習しなさい」と言われたものだ。
ああ、あの頃は締まった腹筋だったのに・・・、などと、バカな回想に耽る。
2時開演のプログラムは、素晴らしかった。
聴きなれぬチェンバロの響きも、柔らかで美しく、まるでバロックのような豊穣さを感じさせてくれる。
祝祭的な気分だ。
弦と菅のバランスも絶妙。
ホールの音響効果が素晴らしく、どこかが突出することもなく、ふんわりと全身を包んでくれるようだ。
そこに”人の声”という最上の楽器が加わることで、音の厚みが更に増す。
音楽の調べという大河の中に、自分の身をゆだねているような気持ちになった。
なお、私は女声三部の中のアルトだったので、どうしても低音部が気になる(^^;)。
ソロで歌った方の中でも、やはりメゾ・ソプラノと、バリトンの方の声に魅了されてしまった。
47番、48番で歌詞の中に「Trumpet」が登場するのに呼応して吹かれるトランペットの響きには、
会場全員がはっと息を呑むのが伝わってきた。
此の世のものとは思えない、妙なる調べ。
満を持しての登場だけのことはある、と、感動してしまった・・・。
「メサイア」初体験のオットー大帝も、とても楽しく、興味深かったとのこと。
確かに、第一部の途中で少しコックリした時もあったけど、
第二部からは 集中している気配が隣からびんびん伝わってきたもんなぁ(^^;)。
なお、叔父のパートはバスなので、見事に私の「低音贔屓」に適っていたのでした。
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今、自分のケータイを入れるのに使っているのは、こういうアジア布の小袋。
これは西館の正面玄関。
民藝の美の認識と普及に努めた、初代館長・柳宗悦。
館内は勿論 撮影禁止だが、前庭や中庭に置かれている道祖神や、大きな甕などに、思わずカメラを向けたくなってしまう(^^;)。

← これは、「いじわるうさぎ と しゃまねこ」というテーマで商品が展開されていた頃の、ぬいぐるみ達。
日本水泳選手権初日の昨日、いきなり「やってしまいました」の北島康介。
タイトルとは関係のない、「本日の一枚」。
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