「ちりとてちん」は少子化対策に役立つか?

← 今日の一枚は、「ちりとてちん」の徒然亭草々(青木崇高)。
分娩室の中から元気な産声が聞こえてきた後、マジ泣きしているシーンがなかなか秀逸でした。
(ドラマから冷めた目で見てしまうと、「どうした、この人?」(←毒)なんだけど・・・。)
役作りに、本当に一所懸命に打ち込んだんだなー、とちょっと感動。
さて、「ちりとてちん」の本編のほうは、「私、お母ちゃんみたいなお母ちゃんになりたい!」と
案の定、メーテルリンクで終わってしまったわけなんですが・・・。
20年後(?)くらい未来人の上沼恵美子さんのナレを聞いていても、
やっぱり私には釈然としない点が多々残ってしまった。
そもそもこのドラマを観ていて、
「なぜ喜代美はこんなに自分を不幸だと思い込んでいるのか」
と、私なんか途中からイラッと来ていたのです。
だってー。
(1) 両親は健在、お祖母ちゃんまで健在、実家の弟はヨメも貰わず、誰一人、「孫はまだか」などと催促もしない。
(2) 結婚相手は孤児。付き合わなければならない親族係累一切なし。
したがって、自分の実家とだけ密に行き来していれば、それで良し。
(3) お母ちゃんは瞬間移動の術を身につけていて、「すわっ!」という時には大阪に飛んできてくれる。(そのためにも、お祖母ちゃんが元気、という設定が欠かせない。)
(4) 本人は女流落語家として、一応 順風満帆なキャリアを積み重ねてきたらしい。
草原兄さんには、「若狭の創作落語はウケるしな」、愛宕山をかけた後にも「なんでや、”愛宕山”でもあんなにお客を笑わせたやないか」とまで言わしめている。
(5) しかし、ここで、「でも私はお母ちゃんみたいな(以下略)」を吐くことで、全てが素晴らしい選択として昇華される。
一門の誰にも(夫にでさえ!)相談もなく、高座で「私の最後の高座におつきあいくださいまして」と爆弾発言をしたことさえ、なしくずしに許される。
(6) もともと草々は”家庭が欲しい人”。
喜代美のタレント活動もいやがっていたくらいだし、自宅にいて、おかみさん稼業をしてくれて、子育てに専念してくれるとあらば、反対するわけもない。(若狭がそれを見越して、草々にも相談していなかったようで、そのあたりも不愉快・・・。)
(7) かといって、この夫婦、10年近く子どもが出来なかったのに辛くてお金のかかる不妊治療をしていた形跡もない。
(不妊治療中だったら、ツワリでオエオエするまで妊娠に気が付かないなんてことありえない。)
全くの運のみで子宝に恵まれた模様。
(8) 今後も、草々・喜代美の夫婦はひぐらし亭の二階に住み込んで、喜代美は「ひぐらし亭のおかあちゃん」にもなるらしい・・・。
(9) しかも上沼ナレーションによると、この2~3年後からは、喜代美はA子と二人で旅行にも行くらしい。
実家に子どもを預けるか、例によって糸子さんが小浜から瞬間移動してきて、きっとひぐらし亭でも面白さをふりまくのであろう。
「いやー、若狭のお母さんは実に面白い!」とか、「”おかあさんのおかあさん”やなぁ”!」とか。
A子はひぐらし亭の大スポンサー様なので、草々も文句のつけどころがあるまい。
(順ちゃんとは旅行しないんだなー・・・、とそのナレーションを聞いた時 思いました>私。)
てな具合に、「育児の手伝いをしてくれる人あり」、「住む場所はしっかり確保」、「不妊治療もなしにひょいっと妊娠」、「夫は専業主婦(てか、内助の功型の女性)にもともと憧れのある人」、「夫に一切の係累なし」、「自分も20年後まで(?)親の介護をする必要もなし」な喜代美は、特別に恵まれた存在なのだ。
こんなドリーミンな筋、子あり・子なしに関わらず、主婦層にアピールしないと思うんだけど(^^;)。
少子化対策にも役に立たねーよっ!
最後まで観続けているうち、
「早くおのれの幸せに気がつけ、喜代美」と、途中からは生あたたかい視線で見守るようになってしまっていました。
はぁぁぁぁ・・・。(溜息)
別れ別れになっていた弟子たちがまた集結してくる辺りは、大好きだったのになぁ・・・。
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